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最高裁判所第二小法廷 昭和46年(行ツ)9号 判決

上告人 一丸株式会社

右代表者代表取締役 寺杣四吉

右訴訟代理人弁護士 田中章二

被上告人 大阪府生野府税事務所長 井川正持

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人田中章二の上告理由第一点について

地方税法(以下「法」という。)七三条の一三第一項は、「不動産取得税の課税標準は、不動産を取得した時における不動産の価格とする。」と規定し、更に法七三条五号は、「価格」は「適正な時価をいう。」としている。しかし、右適正な時価の決定について、法七三条の二一第一項は、「道府県知事は、固定資産課税台帳に固定資産の価格が登録されている不動産については、当該価格により当該不動産に係る不動産取得税の課税標準となるべき価格を決定するものとする。但し、当該不動産について増築、改築、損かいその他特別の事情がある場合において当該固定資産の価格により難いときは、この限りでない。」と規定しているので、固定資産課税台帳に固定資産の価格が登録されている不動産については、右但書に該当しない限り、右登録価格によって当該不動産に係る不動産取得税の課税標準となるべき価格が決定されることになるわけである。

ところで、固定資産課税台帳の固定資産価格登録の制度は、本来、固定資産税の課税標準を定めるためのものであって、右登録価格は、毎年二月末日までに市町村長により決定され(法四一〇条)、直ちに固定資産課税台帳に登録される(法四一一条)こととなっているのであるが、右登録価格の決定はいわゆる行政処分と解すべきものであるから、固定資産税の納税者が法所定の期間内に法所定の手続によって右登録価格を争い、その取消変更を受けない限り、右価格は確定し、これを争うことができなくなるのである。

そして更に、法が不動産取得税の課税標準となる不動産の価格の決定を前記のように原則として固定資産課税台帳の登録価格によらせた趣旨は、固定資産税の課税対象となる土地及び家屋は、発電所及び変電所を除けば不動産取得税の課税対象となる土地及び家屋と同一であり(法七三条一号ないし三号、三四一条二号三号参照)、その価格も等しく適正な時価をいうものとされ(法七三条五号、三四一条五号参照)、その評価の基準並びに評価の実施の方法及び手続も同一である(昭和三七年法律第五一号による改正前の法七三条の二一第二項、四〇三条参照)ところから、両税における不動産の評価の統一と徴税事務の簡素化をはかるためであると考えられるのであり、この趣旨からすれば、法は、道府県知事が不動産取得税の課税標準である不動産の価格を決定するについては、固定資産課税台帳に当該不動産の価格が登録されている場合には、法七三条の二一第一項但書に該当しない限り、みずから客観的に適正な時価を認定することなく、専ら右登録価格によりこれを決定すべきものとしていると解するのが相当であり、したがって、仮に右登録価格が当該不動産の客観的に適正な時価と一致していなくても、それが法七三条の二一第一項但書所定の程度に達しない以上は、右登録価格によってした不動産取得税の賦課処分は違法となるものではなく、右のような場合には、不動産取得税の納税者は、右賦課処分の取消訴訟において、右登録価格が客観的に適正な時価でないと主張して課税標準たる価格を争うことはできないものと解されるのである。

論旨は、法七三条の二一第一項の規定は、不動産取得税の納税義務者に対し不動産取得税の課税標準たる価格について不服申立の道を一切閉ざしている点において憲法三二条、七六条二項に違反する、と主張するのである。しかしながら、法七三条の二一第一項は、不動産取得税の課税標準となるべき不動産の価格を定める実体規定であって、右価格の決定についての不服申立を禁止制限する規定ではないから、上告人の右主張の真意は、不動産取得税の課税標準を不動産取得税の納税義務者が争うことのできない固定資産課税台帳に登録された当該不動産の価格により決定してこれを課税すべきものとしている点において、右規定は憲法の上記規定に違反すると主張するにあると解される。しかしながら、右の主張は、結局、不動産取得税については、常に、当該不動産の取得時における客観的に適正な時価を課税標準とすべきものであるとの前提の下に、法七三条の二一第一項が、客観的に適正な時価に一致するかどうかを問わず、形式的に固定資産課税台帳の登録価格によるべきものとしているのは違憲であると主張するのに帰着するものであるところ、このような主張は、ひっきょう、憲法上法律に委ねられた租税に関する事項の定立について、特定の法律における具体的な課税標準の定めに関する立法政策上の適不適を争うものにすぎず、違憲の問題を生ずるものでないことは、当裁判所昭和二八年(オ)第六一六号同三〇年三月二三日大法廷判決(民集九巻三号三三六頁)の趣旨に徴し、明らかである。それ故、法七三条の二一第一項の規定が違憲でないとした原審の判断は、結論において正当であり、論旨は採用することができない。

同第二点ないし第五点について

本件家屋の価格の評価に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものであって、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 本林 譲 裁判官 岡原昌男 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田 豊)

上告代理人田中章二の上告理由

第一点 被上告人は、上告人に対し、地方税法七三条の二一(以下地方税法を単に法という。)により、本件賦課処分をなしたのであるが、法七三条の二一は憲法三二条・七六条二項に違反する。その理由は第一審判決事実摘示「請求原因3」、原判決事実摘示「控訴人の主張二」、に掲記のとおりである。

原判決は、法七三条の二一、一項但書の特別の事情がある場合とは、市町村長の評価の過程に重大な錯誤があって、そのために該価格をもって適正な時価を現わすものと言えない場合とか、評価に当って準拠した評価基準なるものが甚だ非合理的で、それに基づいて算出した評価が適正な時価を現わしていると言えない場合があるとすればその様な場合をも含むものと解するのが相当であるとし、どの程度の開きが生じた場合に適正な時価を現わしていないと言えるかは困難な問題で一概に何%以上という比率をもって定義することはできず、金額との相関関係で決めねばならないが、僅少の差の場合は含まないと解すべきものとし、さらに不動産取得時における適正な時価を現わしていないと言える場合には、その金額の開きが僅少でない限りは、特別の事情がある場合に該当するとして争いうるから法七三条の二一は憲法に違反していないとしている。

然しながら、原判決は金額の差が僅少で右但書に該当しない場合は争う方法がないことを認めているのである。

そして金額の差が僅少であるかどうかを決定することは困難な問題であって一概に比率をもって定義することはできず金額との相関関係で決めるより方法がないとしているのである。

原判決の論理をかりると、適正な時価と差がありながら、その差が僅少かどうか困難な判断の過程を経ても一旦僅少な差であるとされてしまうと、結局、適正な時価でないのに適正な時価として賦課され、これを争う方法がないことになってしまうこととなる。そうだとすると、たとえそれが僅少な差であったとしても、適正ならざる価格を以て適正な時価とされ、然もこれを争う方法がないところに問題があると云えよう。憲法違反の所以である。

この点について原判決は、不動産を買おうとする者は、右課税台帳上の価格を知りうるのであるから、その段階で、不動産を買うか買わないかの自由はあるのであり、買い受けた以上、買受以前の固定資産課税台帳上の価格を争う途がないからと言って憲法違反とは言えない、とする。

成る程、不動産買受人は買い受けるか買い受けないか自ら決定しうる自由はある。原判決の理由によると買い受けたものは、たとえ法七三条の二一が憲法に違反していても、右法条が適用になることを覚悟の上で買い受けたのであるから当該法条が適用されても文句は云えない。ということとなる。

原判決の憲法に違反しないという判断は本末を顛倒した判断である。

憲法違反の法律であっても、それが具体的に適用せられないようにすれば、該法律は憲法に違反せず、具体的に適用せられる場合は、自らそれに該当する要件事実を作出したのであるからいまさら憲法違反を口にするとは何事ぞ。というが如き原判決は破毀せられて当然である。

第二点~第五点〈省略〉

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